手話

私は語学おたくであり、ボランティアおたくである。

語学は、中国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ハングル。さらにスワヒリ語、イラン語。関連したところでは、ヒエログリフ、古文書、手話、カリグラフィなども勉強した。ボランティアの方は、知的障害の方のサポート、車椅子介助、バリアフリー調査、防災コーディネートなど。もっとも長いのが日本で暮らしている外国の方に日本語の学習をサポートするボランティアだ。現在は、子供が小さいためボランティアは休止しているのだが、パーティなどのイベントのときだけ参加/お手伝いをさせてもらっている。実は妻とはそのボランティアで知り合ったのだ。

究極の言語は手話かもしれないと思っている。手話は語学でありボランティアにも使えると思い、勉強したことがある。語学的興味だけからではなく、聴覚障害の方や彼らを支援する方と接する機会も多かったためだ。

手話は、古文書講座と違い、初級から受講した。何1つ知らなかったので当たり前ではある。見栄などはれない。手話講座はいつも盛況のようだ。特に若い女性に人気であり、違った意味で推奨できる。講座もジェスチャーゲームの感覚で進むので楽しみながら学べるのも人気なのかもしれない。手話通訳のサークルもかなり人気らしい。

手話の言語的魅力は、視覚によって認知するので、行動(ふるまい)が瞬間的に理解できる点だ。誰(何)が誰(何)にどのように何をするかが瞬時に表現できるのだ。通常の音声や会話ではストリームからのシーケンシャルな単語が1文に相当するまで発せられるのを待たなければならないが、手話では瞬間的である。たとえば、両手を使えば「一緒に歩いていく」「パパとママが一緒に駆けていく」など、また「息子に話す」「ママが息子に大きな声で怒鳴る」などが両手を使って瞬時に表現できるのだ。時制はその後に添える。これは日本語と同じだ。

また手話は遊び心と洒落っ気が一杯の言語だ。たとえば、佐藤さん=砂糖、加藤さん=槍、佐々木さん=背負った刀、ドイツ=突起のあるヘルメットで表現する。赤=唇、白=歯、黒=髪、青=ひげそり痕(あと)を指し示すなどだ。意外と偏見たっぷりの古風な言語なのだ。

手話は、以前は方言だらけだったらしいが、NHKが取り上げるようになって標準化されてきたらしい。なお、あまり知られていないが聴覚障害の方は皆、手話が使える訳ではないし、あえて使わないという方も多い。読唇を使うのだ。手話というのは広まっているように見えるが、健常者の自己満足の現れととらえる人は多いのだ。ボランティアの難しいところだ。私は、ボランティアは自己満足のために行うと割り切っている。