古文書#2

古文書ネタの続きです。

古文書の中級講座は、ほとんど院生だとか、リタイヤされた60歳過ぎの方といったメンバだった。ほぼ全員が解読のための辞書を持参している。そんな中に「候」も読めない、大書されたタイトルの「役用留」さえ読めない私が混じっているのだ。「用」さえ読めない。この特徴的な柵のような田と川がくっついたようなシンプルな文字でさえだ。後日、原本が見つかったら写真をお見せしたい。

こんな無知な状況で講座に参加するとどうなるかお話したい。実は、私はこのとき言語、文字というものがどのような回路で理解されていくのかを身をもって感じとることができたのだ。

講義は、30人ほどの参加者に順番に段落や数行を割り当てで読ませるというスタイルで進む。別に分からない部分は問えば先生が答えてくれるのだ。さあ、私が指名される順番は必ずくる。それまでが勝負だ。「候」も読めない、「役用留」も読めない。自尊心だけはある。時間も確率的にはまだあるはずだ。

一  世上通用のため此度二朱銀吹立て仰出られ候間、右弐朱銀八つを
    以って金壱両の積り、尤も壱分銀・壱朱銀を追って吹直し仰出ら
    れ候得共、それまでは取交わし銀銭と両替滞りなく通用致すべき事。
一  小判・壱分判、此度吹直し仰出られ候条、両替の義はこれまでの
    通りに心得、金銀取交わし通用致すべし。尤も、通用日限追って
    沙汰及ぶべく候。
一  保字小判・壱分判の義は追って停止仰出られ候。それまでの間
    保字小判は壱両壱分に、壱分判は壱分壱朱の積り、取交わし通用
    致すべき事。
一  外国交易御開きに付いては、彼国の金銀そのまま通用致すべく候。
    尤も金は金、銀は銀と量目を以って取遣わしいたし候筈、此度
    新規吹立て仰付けられ候処の小判・壱分判・弐朱銀、目方の割合
    に応じ差支えなく通用致すべき事。

    未五月廿五日

これは新しい小判や分銀・朱銀が発行されたことを知らせている。発行することを「吹立て仰出られる」というのだ。「ふきたておおせいでられる」だ。

これをみると、小判、分銀、朱銀、吹立て仰出る、通用など同じような単語が結構ある。ただ私には単語というより、パターンとしか認識できなかった。最初の人が最初の文を訳す、次の人が次の文と進んでいくに連れ、私はものすごい緊張感のなかで、めまぐるしくパターンマッチングを行っていたのだ。そのうち、漢字1文字1文字の偏や旁も認識できてきて、文字を類推できるようになってきた。たとえば、最後の一文はわずか30分後には以下のようなイメージまでパターンマッチングで理解できるのだ。(注:ひらがなで書き下している部分も漢字である。)

一  ○△交○○○きに○いては、○△の金銀そのまま通用致すべく候。
    尤も金は金、銀は銀と○△を以って取○わしいたし候○、此度
    ○○吹立て仰付けられ候処の小判・壱分判・弐朱銀、△○の○○
    に○じ○○えなく通用致すべき事。

しかし、小判の話は終わり、私には次の通達である以下の文章が当てられたのだ。お手上げだった。

一  百姓町人ども衣服冠り物の儀は風俗に拘り候間、異風の身形いたす
    間敷旨、前々より相触れ候趣、これあり候得共、向後異形の衣服
    冠り物等相用い候義、弥(いよいよ)以って御制禁に候。万一心得
    違いのものこれあり候わば、見懸け次第召捕り吟味の上急度申付け
    べく候。

最近、風紀が乱れているので取り締まるぞという通達だ。ほとんど先生が解説してくれた。講義初日の帰り、迷わず辞書を買った。「古文書解読辞典」と「五體字類」だ。